社会科学研究会

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私的自治の原則とはー制限行為能力者制度の観点からみる

 日本をはじめ多くの国が西洋諸国の影響による近代化を経てきた現在、日本においても近代市民法の三原則と呼ばれるものがあります。その三原則とは、「権利能力平等の原則」、「所有権絶対の原則」、「私的自治の原則」と言われるものです。「権利能力平等の原則」とは、全ての人は等しく権利義務の帰属主体となることが出来る資格(これを法律上、権利能力と言います。)を持つという原則のことです。つまり、全ての人は国籍・階級・職業・性別等にかかわらず、例えば自分が欲する通りに物を売買しその売買の効果が帰属する主体となることが出来るのです。もしもこの考えが無かったならば、ある人は自由に法律行為を行うことが出来るのに、他の人はそれが出来ないということになってしまい、両者の間に不合理な差別が発生してしまいます。「所有権絶対の原則」というのは、所有権は目的物を排他的に支配することが出来る完全な支配権であり、他人によっても国家によっても侵害されることがないという原則のことです。この考え方が無ければ、例えば自分の財産を国家によって突然没収されてしまうということもあり得ることになってしまいます。「私的自治の原則」というのは、私法上の法律関係は個人の自由な意思に基づいて形成することができるという原則のことです。この原則には、私人間の法律関係については、国家や公的機関が介入するべきではないという主張が含まれています。では、これらの三原則に例外は無いのでしょうか。例外はあります。第一に、例えば個人が好き勝手に行動してしまっては、他人の権利を侵害してしまいかねません。個人の権利は、「公共の福祉に反してはならない」と言われる所以です。第二に、いくら個人が自由に行動できるからと言って、相手方を裏切ったり嘘をついたりすることは許されません。個人が自由に行為を行えるということは、人は通常の場合相手方の信頼を裏切らないだろうという前提があるからです。各人は、そういった信頼関係に背くべきではないとされているのです。これは、「信義誠実の原則」(信義則)と呼ばれているものです。第三に、権利を有するからといって、権利を不当な形で行使することは許されません。例えば、自分が土地を持っているとします。そして、その土地のごく一部が他人の利用する土地と接していたとします。その時に、他人の権利を害する目的だけで自らの土地所有権を主張し、立ち退き請求や損害賠償請求をすることは、自らの所有権という権利をいわば濫用しているとみなされます。これは、主に所有権絶対の原則の修正原理であると言えるでしょう。つまり近代市民法は、「権利を濫用すること」を禁止しているのです。以上見てきたように、近代市民法は個人が自由な形で「法律行為」(当事者が一定の効果の発生を欲して行う行為のことで、その行為の効果が法律により発生するもののこと)を行うことが出来る為に制定されたのですが、所々にその例外や修正原理があります。今まで挙げた近代市民法の原則の中でも特に重要なものは、私的自治の原則であると私は考えます。その理由をこれから考えてみようと思います。民法では、人は権利能力(権利義務の帰属主体となることの出来る法的な資格)を持つものとされています。人というのは自然人(生身の人間、つまり私たちのこと)と法人のことですが(今は法人の話をしているわけではないので、)人=自然人と考えて下さって結構です。法律上、人は生まれた時から権利能力を持っているとされています。つまり法律上は、人であれば誰でも自由に法律行為を行い、権利義務の帰属主体となることが出来ます。しかし実際には、自分の行った行為の意味を自分自身が良く理解できていない人や、独りだけでは行為を行うことが出来ない人が存在します。そのような人には、必ずしも全ての法律行為の効果を帰属させるべきではありません。なぜなら自分の行った行為の意味を理解し、かつ単独で有効な行為を行うことが出来なければ、その行為によって生じた権利義務の効果によって本人が不利益を被る可能性があるからです。そのような不利益を生じさせない為に、民法は「制限行為能力者制度」というものを規定しています。制限行為能力者とは、未成年者(二十歳未満の人のこと)、成年被後見人(精神上の障害により事理を弁識する能力を常に欠く人)、被保佐人(精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分な人)、被補助人(精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分な人)のことを言います。これらの人々に対し、通常の人々と同じように自分の行った行為に責任を持ちなさいと言うことは、とても過酷であり不当なことです。ですから、これらの人々に対してはその状態に応じて、法律に従い自分の行った法律行為を取り消すことが出来ることとされています。法律行為を取り消すというのは、当該法律行為を初めから無かったことにするということです。民法は各人の法律関係に対して、基本的に私的自治の原則を認めています。そしてこの原則は、制約はあるもののある程度までは制限行為能力者に対しても当てはまります。もしも、制限行為能力者には私的自治の原則は当てはまらないとしてしまうと、制限行為能力者は社会生活上の行為を自ら行うことを完全に否定されてしまいます。自分で決め、自分で考え、自分で行動することの歓びというものは、誰にでもあるはずです。私権の制約には必要性のあるものも存在しますが、一方で私的自治の原則を忘れてしまっては制約は時に抑圧にもなり得るのです。